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確かに それが半グレ級の諍いでも不名誉な話。
純粋に音楽が好きだバンド活動したいというだけな集まりだってのに、
警察に何やら怪しまれての詮索の目で見られていて不快だという、
ここいらじゃあ古株なオーナーからの依頼で 件のライブハウスに詰めていた敦ら探偵社の面々だったが。
そこへポートマフィアの五大幹部たる中原中也が、何やら任務がらみらしい様子で姿を見せたため、
乱歩や太宰という頭脳派組に “ああこれは…”と 不穏な空気のネタが割れ、
ならば自分たちが居合わせる必要もなかろと、早々に撤退する方針と相成った。
ただの構成員たる黒服が配置されたのではなく中也が此処に潜入したのは、
一般人も入り混じる“現場”とあって、出来るだけ穏便に済ますべく
臨機応変が利く彼が場の制御を担当するためだろう。
此処のオーナーを明らかな敵に回すのはよろしくないとマフィアの首領が判断したからに違いなしと、
彼が姿を見せたという展開だけでそうと判断した頭脳班の指示も素早ければ、
その裏付けのように、敦へ混乱へ巻き込まれぬよう とっとと帰れと伝えてきた中也も中也で。
“ボクなんてまだまだだなぁ。”
現時点で警察がそこまで気付いているかどうかはともかく、
ライブハウス関係者に疑われる素地などないことは
彼らが起こすのだろう 本来の悪事の首謀者たちへの制裁で明らかになろうから…と。
たったそれだけの材料ですぱりと英断できてしまえる、相変わらずな参謀様たちなのへ舌を巻きつつ、
谷崎が支配人に事情説明を兼ねてのご挨拶にと事務所へ向かっている間、
敦の方は特に指示もない身のままだったため、所在なさげに楽屋の戸口近くで立ちん棒をしておれば。
防音の効果抜群の重い扉を押し開けて、トップバッターの少女バンドの皆さんが、
大歓声に押し出されるようにステージから楽屋へと戻って来たので、
ああもう本番も始まっちゃったんだと気が付いた。
今宵のライブはこの世界じゃあ大舞台ならしくて、そんなせいか緊張する子もなくはなく、
まだ出番まで間があるのが辛そうなお仲間なのへ、
それをなだめてだろう頼りない肩を小さな手で撫でてやり、励まし合ってるよな顔ぶれがいるのが微笑ましい。
自分はこのまま撤退するとあって、女の子の振りもアイドルの演技もお終いだとホッとした反動か、
そういったあれこれを見回したり感慨深くなったりするほどの余裕が出てきた敦ちゃんだったが、
「あんた、一体何者なの?」
「はははは、はい?」
すぐの傍らから不意な声が掛けられて、あわわっと跳ね上がったまま声の主を見やったならば、
随分と間近からこちらを見上げて来ていたのは、
先程ご挨拶代わりにのっけから噛みついてくださったM美さんではないですか。
次の出演者であるJKユニットがバタバタ駆けてく気配に紛れていて気が付かなんだようで、
もう演技しなくていいのだが、一応は破綻のないようにと声を上ずらせつつ
何のお話?と ぎこちなくも小首を傾げれば。
敦ちゃんの側にしてみれば 突っ慳貪にならぬようにという配慮だというに、
いかにも取って付けたような可愛い素振りに見えたのだろか、
そちらさんもせっかく可愛らしい黒ゴス衣装を着ているのが
毒気たっぷりなヒールサイドの魔女っ娘の仮装に見えるほど、
見る見るうちに まなじり釣り上げ、棘のあるお顔になってしまう。
「中原さんがチラチラあんたの方ばっかり気にしてる。
観てはないけど素振りで判るわよ。」
「あ、えっとぉ…。」
他にも同世代のお嬢さんばかりというバックヤードだ。
敦にしてみりゃ、妙に背の高い自分よりも可愛らしい子ばっかいるのに
何で電信柱みたいなボクが突っかかられてるの?と、
頭の中に?マークが溢れ出して困惑するばかりだったようだが、
此処に谷崎さんや太宰さんが居れば、ははぁんと速攻で判ったに違いない。
M美ちゃんの心のお声を翻訳するならば、
可愛い系はアタシ一人で十分なのにさ、
前もっての顔合わせに居なかったくせに何でいきなりいるのよ、
何なのあんた…というところかと。
「中原さんは怖いところの幹部らしいのにただの素人が知り合いなんて不自然よ。
時々真っ黒な外套姿の殺し屋みたいな人も連絡に来ているし。」
そんな人が意識向けてるなんて何者なんだあんた怪しいわよと言いたいらしく。
此処まで並べられて、やっと敦にもこの態度の裏っ側が何とはなく探れたが、
“わあ、凄い観察眼。”
中也が自分を気にしていたのは、巻き込まれないかと案じた延長だろうが
この子が気付くほどだったとなると、
擬態とはいえ珍しい恰好をしていた敦だったのを面白いと思ってだろうと結論付け、
“そか、芥川も来てるのか。
対象の連中って 結構 怖い集団なのかな、それとも瞬殺で片付けるのかな?”
自分もまた、M美ちゃんの言いようからそちらの配置なぞ想定してみる。
そんな自分だとは気づかれてないようで、引きつりかけた愛想笑いをぎろりと睨みつけたお嬢さん、
「大体、あなたの事務所ってどこなの? ムソウ プロダクションなんて聞いたことないんだけど。
でも、弱小にしちゃあ、なのに あの付き人さんといい、
時々連絡にって付き人さんと話し込んでる背の高いイケメンといい、
いい男が多いトコみたいじゃないの。」
敦ちゃん自身へのいちゃもんつけが、何だか周辺にまで広がっており、
“わあ、太宰さん、もう目を付けられてる。”
関係者だとは紹介されてないはずだけれど、
そうか世間話している体でいたのまで見抜かれてるのかこの子凄い…というか、
イケメンて注視されてるからカモフラージュも大変そう、と。
正体暴露されそう?という危機感から、微妙になんか脇道へ逸れつつあったりして。
ちなみに管制室代わりのボックスカーに控えている与謝野さんは
鏡花ちゃんと賢治くんの義理の母という刷り合わせ済み。
まま、あの二人の行動が 市民警察の巡査級に見咎められはしなかろうけど。
“銭湯の煙突の上とか電柱の頂上とかに、
平気で立ってるもんなぁ、賢治くんも鏡花ちゃんも。”
宵になってからの配置で、まずは気づく人もおるまいという大胆な張り込みようの二人はさておき。
潜入とか人あしらいとかは得意中の得意で、場慣れしている筈の二人が既に怪しいと注目されてるなんて、
さすがはポートマフィアが隠れ蓑に担ぎ出しただけはある、幼く見えても経験豊富な逸材なんだろうかと、
驚嘆半分 尊敬半分の、凄いなぁという心持ちにて見やっておれば、
アタシの威容にぐうの音も出ないのねとでも解釈されたか、
ふんッと鼻で息をつき、やや権勢がかって付け足されたのが、
「アタシはこれでもとある組織のお抱えみたいなもんなのよ。
アタシにぞっこんにさせることで、何人の立てこもりを社会復帰させたか。」
「…もしかして引きこもりでは?」
「…似たようなもんよ、どっちも迷惑物件なんだから。////////」
照れ隠しにプイっとそっぽを向くところが、
元ギルドの とある赤毛のお嬢さんを彷彿とさせ。
ズバズバ ずけずけという問い詰められ方へあわあわしていた敦も、
あ、この子、割と天然かも、と
萎縮しまくりだった肩から やっとのこと力が抜けた。
そんなこんなと
傍目からは地下アイドル少女二人のエールの送り合いのよに
ほのぼのした構図に見えたかも知れぬ、背丈の格差も微笑ましい 美少女二人の談笑の場へ、
「ああ、敦…子ちゃん。」
谷崎が運営差配のマネージャーさんと共にやって来て、
事情は話したよと手短に言って目配せを送ってくる。
事の次第というのが判明したこと、自分らは撤退するとの事情を言うわけにもいかずだろうが、
そのくらいは察しもついたので、
「はい、判りましたvv」
それは愛らしいお声をこめかみ辺りから絞り出し、
ナオミや鏡花と練習したアイドルのような小首傾げの所作とともに、
にっこりと花がほころぶように笑って見せれば。
“……おおお。////////”
居合わせたスタッフやゲスト演者など男性の皆様が見惚れて下さり、
M美ちゃん始め、女性の面子は半分ほどが “何よ何よ”とやっかんだらしいと当人へ伝わったのは後日のお話。
しかも、探偵社の社員の誰かからではなく、
何故だか大外まわって芥川から聞いてというからどういう伝達網があるのやら。
「では、みなさま頑張ってくださいませね。」
私どもはこれでお暇間しますねと、
谷崎とともにお辞儀をしたところ、その頭上を何かしら素早い疾風が通り抜ける。
パーンッという何かガラスが弾けたような音もしたので、外から飛び込んで来たものらしかったが、
「きゃあっ!」
「な、何だ?!」
何事かと純粋に驚き慌てる関係者をよそに、
谷崎と敦は当然のことながら、飛び込んできた存在を目で追い、侵入経路も油断なく見やる。
そちらも音漏れ防止の意味合いからか重たげなスイングドアの上、
換気用の天窓のガラスが砕けているのでそこから飛び込んだらしく。
ただ、単なる投擲物や弾丸砲弾の類ではないのが知れて、それがあってのこと探偵社の二人がギョッとする。
飛び込んできた何かは、かなりの速度での突入を果たしたその後、
羽ばたきの音も威嚇的に、狭くはないが開放的とは到底言えないバックヤードをばたたと飛び回り続けているからで。
「…鳥?」
これがどこかの隙間から紛れ込んだ蛾や虫とでもいうのなら、
女の子らがキャーキャー逃げ回るのが可哀想ながらもほのぼのした逸話で終わるが、
ライブハウスへ飛び込んで来たのは、もう夜更けだというにヒタキかメジロか小さな小鳥。
弾丸の如くという勢いで飛び込んで来たもので、だが、
「何で…。鳥は夜中って目が弱くなるものじゃあ。」
「それ鶏の話だと思う。」
咄嗟にしゃがみ込んだ敦のすぐ間近から声がして、
谷崎が彼もまた床に片膝突いた格好でいる。
庇う素振りで身を寄せて、小声でやり取りしていても不自然ではない体を取っており、
「鶏以外はさほど夜目が利かないってことはないらしい。
暗い中で飛ぶのは木の枝や何やにぶつかって危ないので、
ふくろうくらい良く見える鳥以外はあんまり活動はしないだけだよ。」
と、ご親切にも教えてくださってから、
逃げ場が判らなくてか、いやそれにしては何かおかしい飛びようを続ける闖入者であり。
「壁にぶつからないから、何かの間違いで飛び込んでしまったようではないらしいね。」
「あ……。」
さすが先達、敦には何となくとしか思えなかった違和感を見抜いて
そうは思わない?と谷崎が訊いて来る。
見回す周囲では、居合わせた皆があわあわと浮足立っていて、
こちらへ注意を向ける者はない様子だが、
それでも一応の対処か、谷崎がふっと意識をとがらせ、細雪を発動したらしく。
そのまま立ち上がっても誰もこちらに視線を向けぬ。
ほんのすぐ間近に居たM美嬢さえ、敦と二人立ち上がった様子を見やりもしない。
そのまま飛び込んできた通用口のドアへ歩み寄り、はめ殺しになっていたガラスの天窓を見上げた敦が、
結構な厚さをものともしなかった突入からして、
「自然の鳥じゃあないってことでしょう、これ。」
「うん。機械仕掛けか、ただの木偶か。
それを異能で制御しているってとこじゃないかな。」
近年のラジコンやドローンの進化はなかなかなものだが、
それでも浮かすことへの特化から軽量化されているだろうから、こんな乱暴な仕儀で壊れないはずはなく。
そこにガラスが嵌まっていようと知らずにぶつかってしまい、脳震盪を起こすという話は聞いたこともあるが、
防音のための さして脆弱でもなかろうそれをぶち割ってしまえる兵器もどきの強靱さといい、
思いもかけぬ場へ飛び込んでしまったと恐慌状態になってとは思えないほど的確に、
居合わせた人々の頭上を 時折威嚇するよに近づいたり追い回したりし続ける飛翔っぷりといい、
その巧みな制御から慮みても 自然な小鳥の行動とは到底思えない。
「…異能ってことは。」
故意に起こされた騒ぎということになろうから、
このライブハウスはやはり何者かに狙われていて、その連中による攻撃ということにならないか?
怪しい輩たちの動向は、何かの取り引きではなく、此処をこそ狙ったそれだったとか?と、
そんな唐突な思いつきに襲われて、敦がハッとしたように顔を上げ、
「これって、乱歩さんや太宰さんの見誤りってことでしょうか?」
「それはないと思うよ。」
焦るあまり一足飛びな物言いになったものの、その辺りは谷崎も察してくれたようで、
まあまあ落ち着きなよと肩をトントンと宥めるように叩いてくれて。
「乱歩さんは何時だって 僕らが見落としたものまで浚ったうえで、
僕らが思いもよらないほど深く推察して、物事を断じているからね。」
そうと続けた谷崎は更に、
「敦くんこそ忘れたのかい?
ポートマフィアの幹部さんが来たってことから方針が固まったんじゃないか。」
「…あ・そっか。」
暗躍している手合いの正体が分からないところは相変わらずだが、
そんな不埒を働く誰かさんを取っ捕まえにか成敗しにか、中也がやって来たわけで。
この店の周縁で何者かが勝手にざわついていたのは事実であるし、
裏世界の雄であるマフィアが彼らなりの情報を得て乗り込んで来たからには、
その目串がそうそう外れているとも思えない。
なので、これはマルッと別口の何かだと思ったほうがいいとし、
「それか、誘導かも知れないネ。」
【谷崎くん、いい推理だ。】
不意に耳元のインカムから太宰の声がして、谷崎の見立てへ同意を示す。
「え?え? 一足先に戻られたんじゃあ…。」
そちらはそちらで方針立て直しの報告をするべく、乱歩を探偵社まで送ってゆく手筈だったのが、
国木田と担当を代わったか、まだインカムの電波が届く位置にいるらしく。
敦が “そちらでも何か由々しきことが起きたんでしょうか?”と案じたのが伝わったか、
くすすという含み笑いと共に柔らかなお声が返って来る。
【賢治くんがこんな遅いのに小鳥の気配がするって言ってた矢先でね。】
気配というか羽ばたきの音がします、
でもおかしいな、いきなり現れたって感じで…なんて言うもんだからねぇと。
そっちはそっちで、特別仕様のセンサー持ちさんが実力発揮をして見せたらしく。
しかもそれを、戯言扱いしないで、引っ掛かっての確認を取らんとしたところがお流石というところか。
マフィアの幹部を知っているほどの格でなくても、
私たちを含めて 何とはなく不確定な要素が今宵当日に登場しまくっていること、
不安に感じたのかも知れないねぇ。
【ならばいっそと、
このライブハウスで何か起きているという格好で警察の目を集めるつもりかも。】
「陽動作戦ってわけですね。」
太宰と谷崎の会話の傍ら、
生身か木偶か 時折ぴくちゅく鳴き声も発す傀儡、見逃してしまわないようにと見据えていた敦だったが。
虎の眸をかっ開いた敦子ちゃんなの、もしも誰ぞかに見られていたれば、
もしかして小鳥が食べたいのかなと誤解されていたかも知れない真剣さだったなと、
これまた後日に中也から聞くことになったりする。
to be continued.(19.12.22.〜)
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*何処で切ればいいのか判らなくて、長々綴りましたが話はちいとも進まない。
今年も冗長になるくせは治りそうにありません。

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